
こんにちは。レティシアン専属獣医師のKです。
ワンちゃんやネコちゃんと暮らしていると、時には「手術」という一大イベントに直面することがあります。
多くの子が経験する避妊・去勢手術であれば1時間ほどで終わりますが、中には10時間を超えるような大きな手術になるケースもあります。
どんな手術であっても欠かせないのが「麻酔」です。
今回のコラムでは、知っているようで知らない麻酔について、そのリスクや役割、また最近よく見かけるようになった「無麻酔での歯石除去」についてなど、わかりやすくご紹介します。
目次
麻酔とは「安全に治療を進めるための大切なサポート」です
麻酔と聞くと、まず「眠くなる」というイメージを持たれる方が多いでしょう。
確かに「眠らせる(=意識を消失させる)」ことは麻酔の重要な要素ですが、実際の麻酔の役割はそれだけではありません。
・意識の消失(無意識):痛みや状況を認識しない状態にする
・感覚の抑制(無痛):痛みや刺激への感覚を遮断する
・骨格筋の弛緩(無動):体の筋肉をゆるめて動きを抑える
・反射の抑制:咽頭反射や嚥下反射を抑えて、気管チューブの挿入や手術操作を安全に行えるようにする
麻酔にはこれらのような働きがあります。
いずれも手術をする側の安全性だけでなく、動物自身の負担を減らすためにも欠かせない要素です。
また、動物福祉の観点から、次のような取り組みも麻酔の重要な要素として考えられています。
・バランス麻酔:複数の薬剤を組み合わせて使う麻酔法で少ない用量で最大の効果を発揮させ、副作用を減らす
・徹底したモニタリング:血圧、呼吸、心拍、体温などを常に監視・管理し、安全を守る
つまり麻酔とは、以下のような目的で行われる総合的な処置といえます。
・様々な薬剤を組み合わせて
・反射や痛覚、筋肉の緊張を適切にコントロールし
・動物の負担をできるだけ小さくしながら、安全に手術や治療を行う
麻酔は「怖いもの」ではなく、むしろ安全に治療を進めるための大切なサポートなのです。
オーナーの皆様にはぜひこのことを知っていただければと思います。
麻酔のリスクと、リスクを下げる準備
麻酔は薬の力で生理的な反応を抑える処置のため、残念ながら副作用の発生などのリスクを完全にゼロにすることはできません。麻酔のリスクには以下のようなものがあります。
・呼吸器系への副作用
→呼吸抑制による低酸素血症、気道閉塞、誤嚥性肺炎など
・循環器系(心臓など)への副作用
→血圧低下(低血圧)や不整脈、重度な場合の心停止など
・手術後の合併症としての副作用
→吐き気・嘔吐・流涎(よだれ)、急性腎不全、消化器運動の低下など
しかしこれらの副作用にはどれも対処法があります。
例えば呼吸器系への副作用には、気道を確保するために口から気管に挿入される医療器具である「気管チューブ」を挿管し、軌道の確保や呼吸抑制時は必要に応じて人工呼吸器による呼吸の補助を行います。また循環器系への副作用には、手術前に輸液の量を増やし循環血液量を上げる、血圧を上げる薬剤や、不整脈を抑える薬剤を事前に用意しておくなど、事前の準備や正しい対処によって、そのリスクを大きく下げることが可能です。
ここでは麻酔の安全性を高めるために欠かせない手術の準備についてご紹介しましょう。
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麻酔前の検査では何をチェックしているの?

健康そうに見える子でも、体の中には気づかない問題が隠れていることがあります。そのため、安全に麻酔をかけるには術前検査(手術の前に行う健康状態チェック)が不可欠です。
ここでは麻酔の分解に関わる肝臓の働きに問題がないか、心臓や肺に麻酔をかけた際にトラブルが起きる予兆がないか、血液検査やレントゲン撮影、超音波検査などを行い、年齢やこれまでに罹ってきた病気に合わせてチェックしていきます。
獣医師はこれらの検査結果をもとに、体格や年齢、今の体調などに合わせて一頭一頭に最適な個別の麻酔計画を立てます。
そのため、以下の3点については必ず事前に動物病院側に伝えてください。これが麻酔の安全性を大きく高めます。
1.食欲不振、下痢、嘔吐、アレルギー症状、発情期などの体調変化
2.現在治療中の病気
3.服用中のお薬やサプリメント
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麻酔前に絶食しなければならないのはなぜ?
手術を受ける日が決まったら、獣医師から「手術の前日の〇時以降はごはんもおやつも禁止!朝食も抜きで」と言われた経験はありませんか?
ごはん抜きにするなんてなんだかかわいそうな気もしますが、これにはとても重要な意味があります。
麻酔中や麻酔から覚めた後のワンちゃんやネコちゃんは、麻酔薬の副作用によって吐き気や嘔吐が生じることがあります。嘔吐時の誤嚥リスクを下げるためには、前日からの絶食や手術直前の絶水を行って胃を空にしておく必要があるのです。
このため万が一、絶食開始の時間を過ぎてごはんやおやつを食べてしまった場合は、手術の安全性を守るためにも、必ず病院スタッフに伝えてください。
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手術の前に手や足に管をつなげるのはなぜ?
手術を控えたうちの子の手や足から何か管のようなものが伸びているのを見たことがあるオーナー様も多いのではないでしょうか?
あの管の正体は、手足の血管に直接つなげる、「ライン」と呼ばれるものです。ラインからは体の中を流れる液体の量を増やし、血圧の低下を防いだり、脱水を防ぐ目的の輸液(点滴)や、手術中の様々な変化に対応するお薬を体の中に届ける通路の役割を果たします。
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麻酔リスクを下げるためにはオーナー様の協力が必須です

「術前検査・個別計画・前処置」の3つは、麻酔リスクを下げるために欠かせない準備です。
これらは獣医師やスタッフだけで完結するものではなく、オーナー様の協力があってこそ十分に効果を発揮します。
・術前検査を受け入れていただくこと
・体調や服薬状況を正直に伝えていただくこと
・絶食・絶水などの指示を守っていただくこと
こうした小さな積み重ねが、ワンちゃん・ネコちゃんの安全性を大きく高めるポイントになります。
麻酔の安全性は「動物病院の努力」と「オーナー様の協力」の両輪で成り立っています。
安心して手術や治療を受けるために、ぜひ病院スタッフと二人三脚で取り組んでいただければと思います。
「全身麻酔」と「局所麻酔」の違いとは
麻酔には、大きく分けて「全身麻酔」と「局所麻酔」の2種類があります。
これらは完全に独立したものではなく、お互いの長所と短所を補うために併用されることもしばしばあります。
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全身麻酔:意識を完全に失わせる麻酔
全身麻酔では自発的な呼吸を止めることも多いため、気管チューブで気道を確保し、酸素と麻酔ガスを送りながら維持するのが一般的です。全身麻酔は生体反応の抑制効果が高く、手術中はモニター機器で「呼吸・心拍・血圧・体温」を常に監視します。
メリット
・痛みをしっかり抑えられる(鎮痛+無意識)
・動物が動かないので外科処置を安全かつ迅速に行うことができる
・歯科処置や腹部手術など、体の中に手を入れる治療には必須
デメリット
・全身の管理が必要 → 術前検査や十分な準備が欠かせない
◎全身麻酔をするときの流れ(麻酔導入から覚醒まで)
麻酔導入:前述のラインから、気分が落ち着いて体の力が抜けるお薬や痛み止めのお薬を投与します
挿管:お薬が効いて少しずつ眠くなってきたら気管チューブをのどに通します
麻酔開始:気管チューブを用いてガス状の吸入麻酔を酸素と一緒に体の中に送り込みます
麻酔維持:吸入麻酔が全身に回ってしっかり効いてきたことを確認し、手術を開始します
モニタリング:手術中は麻酔の効果が弱まってきていないか、あるいは効きすぎていないか、などを丁寧かつ慎重に観察します
覚醒:手術が無事終了すればガス麻酔を止め、体から麻酔が抜け自然に目が覚めるのを待ちます
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局所麻酔:体の一部の感覚だけを一時的に遮断し、意識はあるが、その部分の痛みを感じにくくする麻酔
局所麻酔は、私たちが歯医者で歯ぐきに打つ麻酔のようなもので、皮膚への注射や、神経の近くに薬を打って限られた範囲にだけ麻酔を効かせます(神経ブロック)。
メリット
・全身への影響が少ない
・使用する麻酔薬の量を減らせるため、リスク軽減につながる
デメリット
・意識があるため、不安や動きを抑えるのが難しい
・大きな手術や歯科処置には単独では不十分
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全身麻酔と局所麻酔
実際の臨床現場では、「全身麻酔」と「局所麻酔」はそれぞれの強みを活かすように、組み合わせて使用されることが標準的です。例えば歯を抜く手術では「全身麻酔で眠らせつつ、局所麻酔を併用することで手術後の痛みを軽減する」というように用いられます。
短時間の処置や簡単な検査だけを行うときは、「鎮静+局所麻酔」で済む場合もあります。
ワンちゃんやネコちゃんでは時間が長くかかったり、強い痛みを伴う処置を局所麻酔だけで行うことは少なく、安全性と快適さのために全身麻酔と組み合わせるのが一般的です。
「無麻酔での歯石取り」にご注意を!
「無麻酔で歯石を取ります」というサービスを行っている施設があります。
しかし麻酔をかけずにスケーラー(歯石を削り取る器具)で歯石除去を行うのは、法律的・安全性・治療効果の観点から推奨されていません。
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法律的な問題
歯石除去は「治療行為」にあたるため、獣医師免許を持っている獣医師のみが行うことができます。獣医師以外の方が歯石除去を行ったことで摘発・書類送検された事例もあります。
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安全性の問題
歯石除去に用いるスケーラーは先端がとがった「刃物」なため、ワンちゃん・ネコちゃんのお口の中を簡単に傷つけてしまう可能性があります。
麻酔をかけていないワンちゃん・ネコちゃんは自分が何をされているのか分からないため、嫌がって体を動かしてしまい、スケーラーによってケガをしてしまう可能性があります。
また、嫌がるワンちゃん・ネコちゃんを無理やり押さえつけたことによって骨折や脱臼、死亡事故につながったという報告もあります。
ワンちゃん・ネコちゃんにとっては「知らない人に体を押さえつけられて、口の中で痛いことをされた」という怖い経験になってしまうので、人間に口の中を触られることがトラウマとなり、ご自宅での歯みがきも拒絶するようになってしまうケースもあります。
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歯石除去の目的は「歯周病の治療・予防」です

歯石除去とは本来は「歯周病の治療・予防」を目的として行うものです。
歯周病は、歯周ポケット(歯肉溝)に存在する歯垢が原因となって進行するため、「歯周ポケットの清掃」を行うことがとても重要なのですが、この処置には繊細な操作が必要となるため全身麻酔をかけないと行えません。
無麻酔で歯石を除去すると、目に見えない歯周ポケット内の歯垢・歯石はそのまま残ってしまいます。それらが原因となって歯周病の進行が止まらないだけでなく、再び歯石が短期間で付着する原因にもなってしまいます。
さらに、表面だけの歯石除去は一見きれいに見えても、歯の周りの組織の炎症や骨の破壊を防ぐことはできません。
その結果、見た目はきれいなのに以下のような症状が進行しやすくなります。
・歯肉の腫れや出血が続く
・歯がぐらつく
・最終的には歯が自然に抜け落ちる など
また、歯石除去を行うと歯の表面に細かい傷がつくのですが、この傷をそのままにしておくと新たな歯垢・歯石が付着しやすくなってしまいます。このため歯石除去を行ったら歯の表面を磨いて滑らかにするための処置(ポリッシング)を必ず行います。
全身麻酔をかけないとこのポリッシングも十分に実施できないため、せっかく処置を行ってもあっという間に歯石が付着して元通りの状態になってしまう可能性があります。
以上のような理由から、無麻酔での歯石除去はメリットよりもデメリットの方が圧倒的に大きく、日本小動物歯科研究会、米国動物病院協会、米国獣医歯科専門医会など国内外の専門家からも不適切であると判断されています。
高齢犬・高齢猫でも麻酔はできる?

獣医師がよくいただくご相談のひとつに、「うちの子は高齢だけど、麻酔をかけても大丈夫ですか?」という質問があります。
「年齢が高い=麻酔リスクが高い」と思われがちですが、実際には年齢そのものがリスクではありません。
本当に重要なのは、心臓・腎臓・肝臓・全身の体力など、臓器や体調の「今の健康状態」です。
高齢になるとこれらの臓器に病気を抱えている確率が高まるため、「高齢=麻酔は危険」というイメージが広がってしまったのです。裏を返せば、どれだけ年齢を重ねていても健康状態が良好であれば、麻酔を安全にかけられるケースは少なくありません。
また高齢動物では、歯科疾患や腫瘍など放置すれば命に関わる病気が多く見つかります。そのため、「高齢だから麻酔は無理」と治療を避けてしまうことの方が、結果的にリスクが大きくなる場合もあります。
大切なのは、かかりつけの獣医師とよく相談し、検査結果を踏まえてメリットとデメリットを正しく理解することです。
術後ケアとおうちでの見守り
手術や処置は、麻酔から覚めて安全に回復するまでが治療の一部です。おうちでのケア次第で、ワンちゃん・ネコちゃんの回復がぐんとスムーズになります。
帰宅当日
麻酔の影響でふらつきや体温低下が起こりやすいため、静かで暖かい環境で安静にさせましょう。
ジャンプや階段の上り下りは転落の原因になるので、なるべく控えさせます。
誤って異物を口にしないよう、おもちゃや誤飲しやすいものは片付けておくと安心です。
食事
食事や飲水を始めるタイミングに関しては、退院前に必ず獣医師に確認しましょう。
多くの場合は「麻酔が完全に切れてから」になりますが、それがいつ頃になるのかは自分で判断することは避け、獣医師に指示を仰ぎましょう。
食事をしても大丈夫になったとしても、いきなりいつもの量を食べると、むせ込みや嘔吐につながることがあるため注意しましょう。水も少しずつ与え、吐き気がないか確認してください。
排泄
排尿や排便の有無をチェックします。
麻酔の影響で排泄が一時的に遅れることもありますが、半日以上経ってもまったく出ない場合は、念のため病院に連絡することをお勧めします。
翌日以降の観察ポイント
・元気・食欲・呼吸の様子
・傷口からの出血はないか
・傷口の腫れが明らかに悪化していないか
・傷をしきりに舐めたり噛んだりしていないか
手術の後は基本的にはエリザベスカラーや術後服を使い、傷口を保護してあげましょう。

異常のサイン
次のような症状が見られた場合は、すぐに病院へ連絡してください。
・ぐったりして動かない
・呼吸が苦しそう
・嘔吐が続く
・出血が止まらない
・強い痛みで鳴き続ける
術後の過ごし方は、手術の成功と同じくらい大切なプロセスです。「もう終わったから安心」ではなく、回復を見守るのも治療の一部になります。病院からの指示を守りつつ、少しでも異変を感じたら迷わず相談してください。
まとめ
いかがだったでしょうか?
麻酔には確かにリスクがありますが、以下を組み合わせることで、そのリスクを大きく下げることができます。
・術前検査や準備
・適切な麻酔計画
・手術中のモニタリング
・術後の丁寧なケア
ぜひ「麻酔=怖いもの」ではなく、「安全に治療を受けるための大切なサポート」として前向きに考えていただければと思います。
ワンちゃん・ネコちゃんの健康を守るために、麻酔と上手に付き合っていきましょう。