こんにちは、獣医師のYです。
突然ですが、皆様は「避妊・去勢手術」にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
「病気の予防になる」「落ち着くようになる」など、ポジティブなイメージをお持ちの方も多いと思われますが、その一方で「手術ってやっぱり…」と不安を感じられる方もいらっしゃるでしょう。
獣医師という立場からすると、【避妊・去勢手術によって得られるメリットは、手術をしないデメリットよりも大きい】と断言できます。このため「愛犬・愛猫に子どもを産ませたい」という強い希望がない場合は、避妊・去勢手術を勧めることが多いです。
しかし、やはり重要なのは、オーナー様ご自身にしっかり手術のメリット・デメリットをご理解いただくことでしょう。今回のコラムでは、しっかりご検討いただけるよう、避妊・去勢手術についてわかりやすく解説させていただきます。
目次
避妊・去勢手術とは?
そもそも「避妊・去勢手術」とは、犬や猫の生殖能力をなくすために行う手術のことで、総称して「不妊手術」とも呼ばれます。
・避妊手術(メス):卵巣と子宮、または卵巣のみを摘出します。
・去勢手術(オス):精巣を摘出します。
避妊・去勢手術は、麻酔や手術に伴うリスクを最小限に抑えるための術前検査をした後に、全身麻酔下で行われます。麻酔中の誤嚥リスクを避けるために、手術前には一定時間の絶食が必要です。術後は、手術創を舐めたり引っ掻いたりしないように、エリザベスカラーや術後服を装着することが一般的です。
避妊・去勢手術によるメリットは?
①病気の予防
避妊・去勢手術を行うことで発症リスクを低減できる病気があります。なかには命にかかわる怖い病気も含まれます。
獣医師の立場からオーナー様に避妊・去勢手術を勧める一番の理由が、この「病気の予防のため」です。
メスの場合
子宮蓄膿症:
子宮に入り込んだ細菌が繁殖して、文字通り「子宮に膿がたまってしまう」病気です。細菌がつくる毒素が全身に悪影響をおよぼすため、命にかかわることも少なくありません。子宮を摘出する避妊手術を行うことで防ぐことができます。
乳腺腫瘍:
未避妊の高齢犬でよく見られ、猫では悪性率が高い病気です。
早期に避妊手術を実施することにより、発生リスクを抑えることができます。
未避妊犬では約 4 頭に 1 頭の割合で乳腺腫瘍が発生しますが、初回発情前に避妊手
術をすると、発生リスクが 0.5%(200 頭に 1 頭)と非常に低くなります。
さらに、卵巣子宮腫瘍・膣脱・偽妊娠などの発生リスクも軽減します。
オスの場合
精巣腫瘍:
去勢手術を行うことで防ぐことができます。未去勢で高齢の犬や、潜在精巣(体の中に精巣が残っている状態)を持つ犬に多く見られる腫瘍です。
前立腺肥大:
雄性ホルモンの影響で前立腺が大きくなってしまった状態のことです。前立腺が大きくなりすぎてしまうと、尿道や消化管を圧迫して排尿障害・排便障害を引き起こすことがあります。去勢手術を行うことで発症リスクを軽減できます。
さらに、会陰ヘルニア、肛門周囲腺腫、尿道脱などの発生リスクも下がります。
また、治療目的として手術が行われることがあります。
②望まれない繁殖の防止
妊娠出産は母体にとってリスクのある行為です。避妊・去勢手術を行うことで、オーナー様が意図しない妊娠や繁殖を防ぐことができます。
発情期のメスは「子供を作る準備ができている」という情報を周囲に伝えるフェロモンを分泌し、オスを引き寄せます。他の個体に近づかないようにオーナー様が気を付けていても、発情期のメスとオスは自然とひかれ合ってしまうため、望まない妊娠・繁殖につながってしまう可能性があります。また、発情期のメスをめぐってオス同士が激しくケンカをして大ケガを負ってしまうこともあります。
多頭飼育のご家庭や外に出る機会のある猫の場合は、オーナー様が見ていないところで交配・妊娠をしてしまうこともあります。
特に猫は「交尾排卵動物」であるため、交配をした際に妊娠する確率がとても高く、動物病院でも「外に自由に出られるようにしている愛猫が知らぬ間に妊娠していて、お腹が大きくなって初めて気付いた」という相談が多いのです。
犬や猫は一度の妊娠で複数の子どもができることが多く、ときには1回の妊娠で10頭以上の子どもを出産することもあります。子どもたちのお世話や譲渡先探しなどはすべてオーナー様が責任をもって行う必要があり、きちんと妊娠・出産計画を立てた場合でもとても大変です。
特に交配による妊娠確率の高い猫は、交配・妊娠をコントロールしないとねずみ算式に個体数が増える可能性もあり、野良猫が増えすぎてしまって地域全体の問題となってしまいます。
③ 問題行動の軽減
オスのマーキング(尿スプレー)の減少
尿を使って自分のニオイを残し、他の個体とコミュニケーションをとることを「マーキング」と呼びます。マーキング行動はオスもメスも行いますが、とくに去勢手術を行っていない犬や猫のオスで顕著に多い行動です。
中でもオス猫のマーキング行動は「スプレー行動」と呼ばれ、通常の尿よりもニオイの強い尿を少量ずつ、壁などの垂直面にスプレーするように噴射します。オス猫のスプレー行動を知らずに初めてネコを飼い始めたオーナー様が、家じゅうにニオイが付いてしまって悩んでしまうケースもあります。
去勢手術を行うことでマーキング行動やスプレー行動の頻度を減らすことができます。
過剰なマウンティング(騎乗行動)の減少
マウンティング行動は性ホルモンの分泌と関連していることが多く、去勢手術を行うことでその頻度を減らすことができます。
ただし、マウンティング行動はストレスや興奮・不安などが原因の場合もあるため、去勢手術によってすべてのマウンティング行動を抑えられるわけではないので注意が必要です。
発情期のストレス軽減(特にネコちゃんの大きな鳴き声の減少)
発情期のメス猫は、交配相手となるオス猫を呼ぶために「大きな声で鳴く」という習性があります。この行動は昼夜を問わず続くこともあり、猫にとってもオーナー様にとっても負担となってしまうことがあります。
また、「発情期に交配行動を行えない」という状況そのものも猫にとっては大きなストレスとなってしまいます。避妊手術を行うことでこれらの行動やそれに伴うストレスを軽減することができます。
攻撃行動の頻度減少(特にオス同士のケンカが減る)
去勢手術を受けていないオス同士では、縄張りや発情期のメスをめぐる攻撃行動が多い傾向があります。オス同士のケンカはケガの原因となるだけでなく、咬み傷からの細菌感染やウイルス感染症(たとえば猫の場合は猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)など)といった病気の発症につながることがあります。
去勢手術を行うと攻撃行動の頻度を減らすことができ、これらのリスクも軽減することができます。
発情期の脱走リスクの軽減
発情期のメス猫は、交配相手となるオスを探すために家の外に出ようとする傾向が強まります。また、メス猫のフェロモンを嗅ぎ取ったオス猫も、そのメス猫を追って家の外へ出ようとしてしまいます。
普段は家の中で生活している猫が外に出てしまうと、迷子になってしまったり思わぬ事故に巻き込まれてしまったりする可能性があります。避妊・去勢手術がこれらのリスクを減らすことにもつながります。
避妊・去勢手術によるデメリットは?
①全身麻酔のリスク
避妊・去勢手術は、全身麻酔をかけたうえで行います。
人間と同じように、犬や猫でも全身麻酔が「誰にでも100%安全」というわけではなく、
ごくまれに全身麻酔をかけることが命にかかわってしまうケースがあります。
特に以下のケースでは全身麻酔による体への負担が大きくなりますので、担当医の先生と手術についてしっかりと相談するようにしましょう。
[1] 心臓病・腎臓病・糖尿病などの持病がある場合
[2] 犬猫が高齢の場合
[3] 短頭種(フレンチブルドッグ・パグなど)の場合
② 太りやすくなる(肥満のリスク)
避妊・去勢手術を受けた犬・猫は、手術前よりも太りやすくなることが知られています。これは、性ホルモンが分泌されなくなることによって活動性が低下したり、代謝がゆるやかになることなどが関与していると考えられています。
また、雌性ホルモンの一つである「エストロゲン」には食欲を抑える効果があり、避妊手術によってエストロゲン分泌が減ったメスは特に肥満傾向が強いことが分かっています。
肥満は糖尿病、関節炎、尿路のトラブルなど、さまざまな病気の引き金になる可能性があるため、術後は体重管理も含めた健康ケアがより重要となります。
③ 一部の病気のリスクがわずかに上がることがある
避妊・去勢手術によって性ホルモンが分泌されなくなることで、ホルモンバランスが変化し、以下のような病気の発症リスクがわずかに高まる可能性があります。
・メスでは、手術後におしっこを我慢できず「尿もれ(尿失禁)」が見られることがあります。特に大型犬や若齢で手術を受けた子で起こりやすいとされています。
・オス・メス問わず、一部のがん(骨のがん、膀胱のがん、血管のがんなど)のリスクがわずかに高まるという報告もあります。
・甲状腺や副腎などの内分泌系の病気、さらには免疫のバランスが崩れることで起こる自己免疫疾患との関連も、一部の研究で指摘されています。
これらの病気は比較的まれではありますが、避妊・去勢手術にも一定のリスクが伴うことは必ず知っておいてください。
④成長期に手術を行うことによる影響
避妊・去勢手術を「生後早い時期(特に6か月未満)」に行った場合、骨の発達に関わるホルモンの分泌が止まることで、成長のバランスに影響が出ることがあります。
特に中型~大型犬では次のようなリスクが指摘されています。
・骨の成長バランスが崩れ、関節に負担がかかりやすくなる
・関節の安定性が十分に得られず、将来的に足腰の病気を引き起こしやすくなる
性ホルモンが関与する病気や行動を予防するためには、早いタイミングでの避妊・去勢手術が推奨されています。しかし、体の大きな犬種の場合は早すぎる手術が健康に悪影響をおよぼす可能性もあるため、手術の実施タイミングは担当医の先生とよく相談して決めるようにしましょう。
まとめ
今回は、ワンちゃん・ネコちゃんの避妊・去勢手術について解説しました。
発情期の行動トラブルを防ぐだけでなく、将来的な病気の予防にもつながるなど、不妊の手術には多くのメリットがある一方で、体に起こる変化や手術時期によっては慎重な判断が必要となる場合もあります。
すべての動物にとって「いつ手術をするのが最適か」は同じではありません。
年齢、体の大きさ、持病の有無、性格や生活環境など、それぞれの子の個性や体調に合わせた判断が大切です。
気になることや不安な点があれば、まずはかかりつけの動物病院で相談してみましょう。
獣医師としっかりと話し合いながら、その子にとって最適な選択を一緒に考えていきましょう。