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≪獣医師コラム≫犬の体と行動学~犬の舌と「舐める」という行動について~

こんにちは、レティシアン専属獣医師のJです。

ワンちゃんといえば、色々なものを舐めるという印象をお持ちではないでしょうか。

ワンちゃん自身を舐めたり、オーナー様のことを舐めたり、お水を飲んだり、食べ物を拾ったり。色々な場面で器用に舌を使って様々な行動をとっているのが分かるかと思います。

今回は、そんなワンちゃんの舌について、機能や行動学の観点からご紹介していきます。

舐めたり触ったり拾ったり、人間の指先のように器用なワンちゃんの舌

動物の「舌」は、体のなかでも特殊な器官で、そのほとんどが筋肉によって作られています。

舌を構成する筋肉は、腕や足を動かすのと同じ「骨格筋」です。全身のほとんどの筋肉が「一方向に引っ張る」動きしかできないのに対して、舌の中には複数の筋肉が組み合わさっているため、様々な方向に細かく動かすことが可能です。

ワンちゃんの舌もとても器用に動き、落ちているものを拾う、口の中でものを動かす、飲み込む、舐める、唾液に溶け込んだ化学物質から味やニオイといった情報を得る…など、様々な働きをします。

身の回りの様々なものに触れて情報を得るワンちゃんの舌は、人間の指先のような役割を果たしているといえるでしょう。

ワンちゃんは水を飲むのがヘタ?!

愛犬がお皿から水を飲んだ後、いつもお皿の周りがびしょ濡れになっていませんか?

「うちの子は水を飲むのがヘタで…」とお悩みの方もいるのではないかと思いますが、水を飲むときに周りにこぼしてしまうのはどのワンちゃんでも同じ。これはワンちゃんならではの舌を使った特徴的な水の飲み方によるものなのです。

ワンちゃんは、舌を後ろ向き(尾側)に丸めておたまのような形をつくって水をすくい上げ、このときにできる水の柱をパクっと食べるようにして口の中に入れています。舌を水の中に入れるときや水の柱を食べるときに水がはねてしまうので、お皿の回りに水が飛び散ってしまうのです。

一見不器用にも見える水の飲み方ですが、このときワンちゃんの舌は人間にはとても真似できないような繊細な動きを、とても素早くおこなっています。水を飲むときの細やかな舌の動きをよく観察してみると、愛犬がこぼした水も愛おしく思えてくるかもしれません。

ワンちゃんの鼻がいつも濡れているのは、自分で舐めているから?

健康なワンちゃんが起きているときは鼻先が濡れていることが多いものです。これには「空気中の化学物質をキャッチしてニオイを敏感に感じ取るため」「空気の流れる方向からニオイの元を特定するため」という2つの理由があると考えられています。

ワンちゃんが自分で鼻を舐めて濡らすこともあるのですが、多くの場合では鼻の中で分泌される液体と鼻涙管を通って眼から送られてきた涙が混ざった液体によって濡れた状態がキープされているといわれています。

鼻が乾いている状態が長く続いたり他にも体調の変化が見られたりする場合は、動物病院で体調をチェックしてもらいましょう。

とはいえ、寝起きや空気が乾燥しているときにワンちゃんの鼻が一時的に乾燥することもあります。ワンちゃんの鼻が乾いていてもただちに健康状態に問題があるというわけではありませんが、よく観察してみるようにしてください。

体温調節に欠かせない?!ワンちゃんの舌の役割

人間は体温が上がると全身で汗をかき、汗が蒸発する際の気化熱によって体温を下げています。しかし、ワンちゃんの体には体温調節のためのサラサラした汗を出す汗腺(エクリン腺)がほとんど存在しないため、人間と同じ方法で体温を下げることができません。

その代わりに、ワンちゃんは体温が上がると口を開けて、舌を出しながらハアハアと呼吸します。

このときに、お口の中の唾液や気道の水分が蒸発し、気化熱によって体温が下がっていきます。舌の中には多くの血管が通っているので、ハアハアと呼吸することで気道と血液を冷やし、全身の温度を効率的に調整しています。

ワンちゃんの舌は、「味」がどれくらい分かるの?

舌の表面には、味を感じ取る「味蕾(みらい)」という器官があります。

人間の舌には5,000~9,000個の味蕾があるのに対して、ワンちゃんの舌には1,700個程度しか味蕾がないため、ワンちゃんは人間と比べると味覚がやや鈍いと考えられています。

また、ワンちゃんは酸味や苦味の強い食べ物を避ける性質があります。

食べ物が腐っていたり傷んでいたりすると酸味や苦味が強くなるため、ワンちゃんが体に悪いものを食べないように、本能的に身を守るためだといわれています。

味覚があまり鋭敏でない代わりに、ワンちゃんは優れた嗅覚を使って食べ物を選んでいます。人間よりもはるかにニオイには敏感なので、ドッグフードの食いつきが良くないときでも、温めて香りを立たせてあげると食いつきが改善する場合があります。愛犬の食いつきが気になっているオーナー様はぜひ試してみてください。

【関連コラム】
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傷を癒す魔法の舌?

フランスに「犬の舌は医者の舌」ということわざがあるように、昔は世界の多くの国で「ワンちゃんに舐められると傷が早く治る」と考えられていました。

実はワンちゃんだけでなく、多くの動物に「ケガをしたときに傷口をなめる」という習性があります。これは「傷口に付着した汚れを唾液で浮かせて、舌で物理的にぬぐい取ることで傷口の表面を清潔にして、傷が悪化するのを防ぐため」だといわれています。

また、唾液の中には「リゾチーム」という殺菌作用をもつ酵素が含まれています。このため、傷口を舐めることで、汚れたままの傷を放置するよりも治りが早くなるとも考えられています。

しかし、ワンちゃんのお口の中には口腔常在菌という細菌も数多く存在しているため、傷口をワンちゃんが舐めることによって、かえって感染を引き起こしてしまうリスクもあります。

オーナー様がケガをされた際には、ワンちゃんに傷を舐めさせるのではなく、傷口を清潔な水で洗って消毒液やお薬などを使うようにしましょう。

ワンちゃんが人間の口元を舐めるのはなぜ?

「愛犬に顔周り(とくに口元)をよく舐められる」というオーナー様も多いのではないでしょうか?

この行動は、オオカミの子どもの性質をワンちゃんが受け継いだものだと考えられています。

オオカミの母親は、自分が食べて少し消化された食べ物を吐き戻して子どもに与えます。

そのため、オオカミの子どもは食べ物をおねだりするために母親の口元を舐めるという習性があるのです。これが転じて愛情表現や甘える行動としても相手の口元を舐めるようになったと考えられています。

ワンちゃんの「口元を舐める」という行動は、オーナー様や大好きな人間に対して行うことが多いのですが、ときには初めて会った人間の顔を舐めることもあります。これは、人間は体のほとんどが服で隠れているため、顔周りを舐めることで直接相手に触れて様々な情報を得ようとしているのではないかと考えられています。

落ち着かないときに自分の鼻や口元を舐める「カーミングシグナル」

ワンちゃんが不安を感じたり落ち着かないときなどに、自分や相手を落ち着かせるために「カーミングシグナル」と呼ばれる行動を取ることがあります。
 

カーミングシグナルの例

口元・鼻を舐める
あくびをする
まばたきをする
体をブルブル震わせる
視線を逸らす
顔・体を背ける
急に地面や周りのニオイを嗅ぎ始める
急に体を掻き始める

 
愛犬がこれらの行動を取っているとき、不安やストレスを感じている可能性があります。

愛犬の様子をよく観察し、ストレスの原因となっているものを避けるようにしてあげましょう。

愛犬が体をしきりに舐めるのは、病気のサインかも?

日常のグルーミングやお手入れとして自分の体を舐めるのは、ワンちゃんにとって正常な行動です。しかし、自分を舐める時間が長かったり舐める頻度が多すぎたりするときは、ワンちゃんの体に何かしらのトラブルが起きている可能性があります。

皮膚のトラブル

皮膚の感染症やアレルギー性皮膚炎などの皮膚疾患は痒みを生じるため、発症部位をワンちゃんがしきりに舐めることがあります。

舐めている場所の皮膚が真っ赤になっていたり、毛が抜けてしまっていたり、皮膚のニオイが強くなっているような場合は、皮膚に何かしらのトラブルが発生している可能性があります。

痛みや違和感

関節炎やその他の病気によって痛み・違和感がある場合、ワンちゃんがその部位をしきりに舐めることがあります。

ワンちゃんの歩き方が普段と違っていたり、元気がなくうずくまる様子が目立つような場合は、体のどこかに痛みがある可能性があります。

ストレスの蓄積

長時間のお留守番、お散歩や運動不足、生活環境の不備、生活スタイルの変化、天候など様々な要因がワンちゃんのストレスになる可能性があり、蓄積したストレスのはけ口としてワンちゃんが自分の手足をしきりに舐めてしまうことがあります。

ワンちゃんが特定の状況に置かれたときだけ体を舐める様子が目立つ場合は、そのときの環境に原因がある可能性が高いです。

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手先・足先を舐め壊してしまう「肢端舐性皮膚炎」

上記のような原因によって生じるワンちゃんの舐め行動は、とくに前足・後ろ足で起こることが多く、長期的に舐め続けることで皮膚が荒れて傷ついてしまいます。

この状態を一般的に「舐め壊し」と呼び、獣医学的には「肢端舐性皮膚炎(したんしせいひふえん)」という名前がついています。

皮膚を舐め続けることで舐め壊しが生じると「エンドルフィン」という快感・鎮痛作用のある物質が分泌され、一時的に痒みが抑えられるため、ワンちゃんがさらに強く舐めたりかじったりする…という悪循環を引き起こしてしまいます。

さらに、皮膚が真っ赤になっても舐め続けている様子を見かねたオーナー様が舐めるのをやめさせようとすると「手足を舐めているとオーナー様が構ってくれる」とワンちゃんが学習してしまい、手足を舐める行動がさらに悪化するというケースもあります。

舐め壊しによって皮膚が荒れてしまうと、外部の病原体から身を守る皮膚のバリア機能が低下し、細菌性皮膚炎などが生じやすくなり、炎症や痒みがさらに悪化してしまいます。

舐め壊しの原因としてストレスが関与する場合、皮膚の治療だけを行っても舐める行動が残ってしまってすぐに再発したり皮膚の治りが遅くなったりすることがあります。この場合、根本的な治療のためにはストレスの原因を取り除く必要があるため、愛犬がしきりに自分の体を舐めている様子があれば、舐めている様子を撮影した動画やそのときの状況をまとめたメモなどを持参し、動物病院を受診するようにしましょう。

舌の色で分かるワンちゃんの健康状態

一般的には、健康なワンちゃんの舌は人間と同じようなピンク色をしています。

舌には多くの血液が流れていて、体の状態によって舌の色が変化することがあります。普段から愛犬のお口の中をチェックして、下記のような変化があれば動物病院を受診するようにしましょう。

これらが見られたら早めに動物病院へ!注意が必要な舌の色の変化

●舌が白い
舌が白くなっている場合、ワンちゃんが貧血を起こしている可能性があります。

体のどこかで出血が起きていたり、腎臓病などにより体が赤血球を作れなくなってしまったりしていると重篤な貧血を生じることがあります。

●舌が青紫色になっている
舌が青紫色になっている場合、全身が酸欠状態になっている「チアノーゼ」の可能性があります。心臓や呼吸器の病気によって生じることが多いです。

チャウチャウやシャーペイといった犬種はもともと舌が青みがかった色をしているため、普段の色合いとの変化を見るようにしましょう。

●舌が黄色い
舌や粘膜が黄色くなっている場合、ワンちゃんが黄疸を起こしている可能性があります。黄疸は体内で赤血球が破壊されていたり肝臓病が進行したりすることによって生じます。

●舌が黒い
ワンちゃんの舌にシミやホクロのような黒い模様ができることがあります。

遺伝や体質によって舌の粘膜が色素をもっていて体に害のない場合もありますが、黒い部分が膨らんでくる場合は、悪性腫瘍の可能性があります。もともとピンク色だった箇所が急に黒くなったり、舌やお口の中の粘膜が腫れたりする様子があれば、早めに動物病院を受診するようにしましょう。

まとめ

今回はワンちゃんの舌や「舐める」という行動についてお話しさせていただきました。

ワンちゃんは普段から様々なものと舐めているような印象がありますが、舐める対象や状況によって色々な意味があり、なかには病気が関与していることもあります。日頃から愛犬の様子をよく観察し、普段と異なる様子が見られたら早めに動物病院に相談することをおすすめします。

今後もワンちゃん・ネコちゃんの体の仕組みや行動についてご紹介していこうと思いますので、ぜひご覧いただければと思います。

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