
こんにちは。レティシアン専属獣医師のJです。
皆様の中には、外国を訪ねた際に「日本との文化の違いにカルチャーショックを受けた」というご経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。同じ人間同士とはいえ、国や地域によって文化は大きく異なります。日本では当たり前のことが外国の文化では受け入れられないということも多々ありますよね。
では、そもそも動物種が異なる「ワンちゃんと人間の文化の違い」について考えられたことはありますか?
ご家族の一員として毎日をともに過ごしている愛犬なので、普段はあまり意識することがないかと思いますが、ワンちゃんと人間はまったく異なる動物種なので、人間同士よりもはるかに大きな文化の違いがあります。
「ワンちゃんにとっては当たり前の行動であっても、人間社会では受け入れられない」というケースも数多く存在し、問題行動やオーナー様同士のトラブルなどにつながってしまう可能性があります。
ペットとして、人間社会の一員として生活するワンちゃんにとって、「他のワンちゃんや人間と適切な方法で接すること」や「人間社会で遭遇する様々な刺激に過剰な反応をしないこと」といった人間社会の文化・規範を守ることが、ワンちゃんも人間も快適に生活できる社会を作るためには不可欠です。
また、これらの文化・規範を子犬の頃から教えてあげることがオーナー様の重要な責務でもあります。
今回のコラムでは、ワンちゃんが人間社会の文化を学ぶために重要な「社会化」というプロセスや、ワンちゃんの社会化をサポートするために動物病院などの施設で開催される「パピークラス」というイベントについて解説していきます。
目次
社会化ってなに?

“社会化” という単語を辞書で調べると、「個人が、集団の構成員となるために必要な知識を身につけていく過程」と説明されています。
つまり、「家庭や学校、職場などの集団の一員として暮らしていくための文化・規範を学ぶ」ということとなります。
これをペットとして生活するワンちゃんに置き換えると、以下の2点がワンちゃんにとっての「社会化」となります。
①犬社会の一員として、ワンちゃん同士の文化やルールを学ぶこと
(他のワンちゃんに対する社会化)
②人間社会の一員として、ワンちゃんも人間も快適に暮らすための知識を身につけること(人間に対する社会化)
①他のワンちゃんに対する社会化
ワンちゃんは本来、子犬の時期を母犬や兄弟犬と一緒に過ごし、ワンちゃん同士のコミュニケーションの取り方、遊びのルールや力加減など、犬社会の一員として暮らしていくための文化やルールを学んでいきます。
しかし、ペットとして人間と一緒に生活するワンちゃんは、子犬の時期の比較的早い段階で母犬・兄弟犬と離れて生活し始めるため、これらの知識が不足してしまう可能性があります。
そのため、ご家庭にお迎えしたオーナー様が母犬・兄弟犬に代わって、ワンちゃんが犬社会で暮らしていくために必要な知識を教えてあげる必要があるのです。
ワンちゃんの社会化が不足してしまうと、以下のようなトラブルにつながる可能性があります。
・他のワンちゃんを警戒して吠えてしまう、攻撃行動を取ってしまう
・他のワンちゃんを見ると興奮して突進してしまう(適切な距離感を理解していない)
・他のワンちゃんとの挨拶のしかたが分からず、うまくコミュニケーションがとれない
・ワンちゃん同士で遊ぶときの力加減が分からず、相手のワンちゃんにケガを負わせてしまう
など
②人間に対する社会化
本来、ワンちゃんが見知らぬ人間に対して警戒心を抱いたり攻撃行動を取ったりすることは、自分の身を守るための正常な行動です。ワンちゃんが番犬として暮らしていた時代には、この行動が人間社会でも受け入れられていました。
しかし、ペットとして暮らすワンちゃんの場合、見知らぬ人全員に対して警戒心を抱いてしまうと、相手を怖がらせてしまったり思わぬ事故につながったりしてしまうことがあります。
そのため、様々なタイプの人間に対して適切な距離を保ち、適切な方法でコミュニケーションを取れるよう、「人間に対する社会化」の練習も必要となります。
人間に対する社会化が不足すると、以下のようなトラブルにつながる可能性があります。
・お散歩中に近づいてきた人間に対して吠えてしまう、攻撃行動をとってしまう
・構ってほしい、遊びたい一心から人間にとびかかってしまう
・来客や宅配便など、ご自宅に来た人間に対して過剰な警戒をしてしまう
・自宅の窓から見える通行人に対して吠えてしまう
・動物病院やペットサロンなどのスタッフに体を触られることを嫌がり、適切なケアが受けられなくなってしまう
など
社会化の練習はいつ行うべき?

3~12週齢(※文献によっては3~16週とされることもあります)頃の時期をワンちゃんの「社会化期」と呼び、子犬のこの時期に五感を最大限活用して、様々な刺激を受け入れ慣れていきます。
この社会化期に経験した刺激や接したことのある動物に対しては、警戒心を抱きにくくなることが分かっています。
行動遺伝学の権威であるJ.P.Scott氏らの広範な研究によると、ワンちゃんの週齢によって感受性の高い刺激が異なると考えられています。
3~8週齢:他のワンちゃんとの交流のしかたを学ぶのに最も適している時期
5~12週齢:人間との交流のしかたを学ぶのに最も適している時期
10~20週齢:新しい環境を熱心に探索し、慣れていく時期
なお、これらの時期には個体差があり、決して「この時期を過ぎてしまったら社会化ができない」というわけではありません。
新しく子犬をお迎えする際は、これらの期間を目安として、
①他のワンちゃんに対する社会化
②ご家族以外の人間に対する社会化
③新しい環境への順応
この順番で新しい刺激を経験させてあげるのがおすすめです。
ワンちゃんを「社会化」させるにはどうすればいい?
ワンちゃんの社会化には、社会化期に他のワンちゃんやご家族以外の人間と接する機会を設ける「社会化トレーニング」を積極的に行うことが重要です。
しかし、社会化期のワンちゃんはまだ体も小さく、初年度のワクチンプログラムも完了していない子犬です。不特定多数のワンちゃん・人間と不用意に接することは避ける必要があります。
そこで、ぜひ活用したいのが、子犬との接し方やケアの練習、社会化トレーニングが学べる「パピークラス」です。
パピークラスは、動物病院やペットショップなどで開催されていますが、健康状態をしっかりと確認してから参加できるため、動物病院で実施されているパピークラスに参加するのが特におすすめです。
ワンちゃんもオーナー様も楽しく社会化について学べるイベントなので、ぜひ参加してみてください。
「パピークラス」とは?
パピークラスは、1980年代にアメリカで考案された、「ワンちゃんの社会化をサポートするために、ワンちゃんとオーナー様が参加する体験型の教室」です。
・子犬同士での触れ合いや遊びを通して「他のワンちゃんに対する社会化」を学ぶ
・参加されている他のオーナー様や動物病院のスタッフと交流することで「人間に対する社会化」を学ぶ
・人間社会で経験する可能性のある様々な刺激に慣れる
・日常ケアの練習
など
動物病院でのパピークラスをおすすめする理由

社会化期の子犬はまだ体が発達する途中の段階のため、ほんのわずかな体調の変化が、健康状態に大きな影響を与えてしまいます。また、成犬と比べて「感染症が重症化しやすい」という特徴があります。
動物病院で開催されるパピークラスであれば、ワンちゃんの健康状態をしっかり確認することができ、安全に子犬同士を交流させることができます。
かかりつけの動物病院では過去のワクチン履歴や健康状態・既往歴といった情報も残っているため、パピークラスに参加される場合は、まずかかりつけの動物病院で開催していないかご確認いただくと安心でしょう。
かかりつけの動物病院でパピークラスを実施していない場合は、「JAHA認定こいぬこねこ教育アドバイザー」の在籍している動物病院・施設が近所にないかご確認いただくことをおすすめします。
https://www.jaha.or.jp/owners/dog-class/
JAHAは「公益社団法人 日本動物病院協会」の略称で、動物病院および動物医療の充実に関する事業や動物病院による地域社会への貢献を推進する事業などを手掛けている団体です。
「JAHA認定こいぬこねこ教育アドバイザー」は、同協会が認定した “動物病院における子犬・子猫のしつけや健康管理のスペシャリスト” のことで、子犬・子猫の適切な飼育方法や社会化、問題行動へのアドバイスなどによって子犬・子猫とオーナー様がよりよい関係を築けるようにサポートを行っています。
パピークラスでは何をするの?

実施する施設によって内容は異なりますが、
一般的に動物病院でパピークラスを行う際には、以下のような内容で実施されます。
①子犬の健康チェック、食事・健康管理についての説明
現在の健康状態に加え、他の子犬に感染する可能性のある感染症の疑いがないか、
糞便検査を含めた健康チェックを行います。
これは同時に、診察室の中で全身を見たり触ったりする「視診」「触診」に慣れさせる目的もあり、今後動物病院を受診した際に同様の処置を嫌がらずに受け入れる練習にもなります。
また、獣医師から子犬のワクチン接種や各種予防についてや、食事管理の方法、ご自宅で必要なケアなどの説明も行います。
②子犬同士での触れ合い、遊び(プレイセッション)
体格、週齢の近い子犬同士で楽しく遊びながら、犬社会での適切なコミュニケーションの取り方、遊びのルールや力加減などを学びます。
③ご家族以外の人間との交流
パピークラスでは、動物病院のスタッフや他のオーナー様など、ご家族以外の人間と交流する機会になります。
社会化期の間に様々なタイプの人間(年齢・性別・体格・メガネや帽子の着用有無など)と交流しておくことで、見知らぬ人間に対して警戒心を抱いたり攻撃行動を取ったりすることを防ぐことができます。
④日常生活で経験する様々な刺激への順応
パピークラスでは、花火・雷・工事・自動車・バイクの音を録音したデータなどを使用して、ワンちゃんが今後の生活で遭遇する可能性のある刺激に慣れさせるトレーニングも行います。
事前にこれらの刺激に慣れさせておくことで、実生活で同様の刺激に遭遇した際にワンちゃんがパニックに陥ったり、過剰な恐怖・不安を感じたりしてしまうことを予防できます。
⑤日常的なケアの練習(ハンドリングプログラム)
ご自宅で行う日常的なケアについても、社会化期に練習しておくことでワンちゃんが嫌がらずに受け入れてくれるようになります。
・体全体を触る
・ブラッシングをする
・ドライヤーに慣れる
・体や足を拭く
・爪切り
・歯磨き
・首輪やリードの付け外し
・おむつやマナーウェアの付け外し
など
パピークラスに参加するときの注意点・心構え
できるだけご家族全員で参加する
1世帯あたりの参加人数に制限がなければ、パピークラスにはできるだけご家族全員で参加するようにしましょう。
そうすることで、ご家族全員がワンちゃんへの正しい接し方を学べるだけでなく、他のワンちゃんが様々なタイプの人間と接する機会を作ることができ、より人間への社会化を促進してあげることができます。
できるだけ高頻度で参加する
パピークラスは子犬の社会化にとても効果的ですが、1回参加すれば社会化が完了するというものではありません。動物病院によって開催スケジュールは異なりますが、可能であれば週1回以上参加することが理想的です。
また、パピークラスで学んだトレーニングは、ご自宅でも繰り返し練習するようにしましょう。
少しでもワンちゃんの様子が普段と異なる場合は獣医師に相談する
小さな体調の変化でも、社会化期の子犬の健康状態に大きな影響を与えてしまう可能性があります。ワンちゃんが一見元気そうに見えても、普段と様子が異なる場合はパピークラスに参加する前に獣医師に相談するようにしましょう。
まとめ
今回は、ペットとして人間社会で生活するワンちゃんにとって重要な「社会化」と「パピークラス」について解説いたしました。
子犬の社会化期を過ぎてしまったワンちゃんやパピークラスを卒業したワンちゃんでも社会化トレーニングを学べる「ジュニアクラス」「犬の幼稚園」を開催している動物病院・トレーニングスクールもありますので、こちらもぜひご活用ください。
何よりも重要なのは「オーナー様とご家族全員が協力してワンちゃんの社会化をサポートする」こと。パピークラスで学んだトレーニングを毎日の生活の中でも継続して実践していくようにしましょう。
<参考文献>
Karen L. Overall著 森裕司監修、「動物行動医学 イヌとネコの問題行動治療指針」、チクサン出版社、2003年
GaryM.Landsberg、DebraF.Horwitz著 武内ゆかり監訳、「サンダースVC Vol.4-5 動物病院における獣医行動学の適用と展望」、2009年、EDUWARD PRESS
武内ゆかり/久世明香/藤井仁美/森 裕司、「イヌとネコの問題行動診療入門マニュアル」、2025年、ファームプレス
村田香織、「パピークラス&こねこ塾スタートBOOK」、2019年、EDUWARD PRESS
村田香織、「こころのワクチン 子犬に教える、人としあわせに暮らす方法」、2011年、パレード
村田香織、「困った行動」がなくなる 犬のこころの処方箋、2022年、青春出版社
村田香織、「獣医師が知っておきたい、パピークラスの基礎知識」、J-Vet、EDUWARD PRESS
村田香織、「獣医師が知っておきたい、しつけの基礎知識」、J-Vet、EDUWARD PRESS
入交眞巳、「良い子犬を育てるコツ~新しく子犬の飼い主になった方へできるアドバイス~」、CLINIC NOTE、2009 Mar、EDUWARD PRESS
Kersti Seksel、「子犬の社会化」、Veterinary Focus vol.20 No.1、2010、ROYAL CANIN